Another View of Japan

歴史問題の反論に使える・・かもしれない、資料を集めるブログです。

HOW WE WON THE WAR(その5・完結)

 

「ライフ」1948年9月6日号、100~103ページからの翻訳です。機械翻訳を利用した個人的なものであり、よって誤訳の責めは負いかねます。おおよその内容を把握するためのものとしてご利用ください。

LIFE - Google ブックス

 

HOW WE WON THE WAR AND LOST THE PEACE

 

 

さらに、もしソビエト連邦がアメリカに戦争を起こしたなら、そしてもし中国が共産主義に支配されたなら、日本は直ちに防衛できない最前線になるであろう・・もう一つのバターン。日本が陥落したのちソビエト政府は、アメリカに対する最終的な攻撃のために、中国と日本の人的資源と産業力を動員することができるであろう。

 

半世紀の間そうであったように、中国の独立と保全は、なお我々の太平洋側の安全保障の鍵である。だがトルーマン大統領はマーシャル国務長官の影響の下、この極めて重要なアメリカの利益を守るために必要な措置を講じることを依然として拒否しており、スターリンが中国を支配しても彼は何をするべきか分からないだろうという、途方もない幻想で自分自身を慰めている!

 

1947年3月12日、アメリカ政府が6年間スターリンをなだめようとした後にトルーマン大統領は、彼とルーズベルト大統領が間違っていたことを勇敢に認めた。彼はトルコとギリシャ共産主義の侵略に抵抗できるように援助を呼びかけ、次のように述べた。「わが国の外交政策と国家安全保障問題がからんでいる事態です。・・直接的または間接的な侵略行為によって自由な諸国民に押し付けられた全体主義体制が・・アメリカの安全保障を損なう。・・少数派の武装勢力や外部圧力による隷属化の試みに抵抗する自由な諸国の国民を支援することが、米国の政策でなければならない。・・我々が乗り出すのは困難な道筋です。ほかの道がもっと苦しくなかったら、この道を勧めたりはしません」。ほかの道とは、スターリンギリシャとトルコの占領を許し、次いで依然独立している西欧の国々をひとつずつ支配させることであった。

 

Aid for security
かくしてアメリカ政府は6年遅れて、ソビエト連邦はアメリカの安全を脅かす略奪的な全体主義の専制政治であるという事実に基づいてヨーロッパにおける外交政策を形成した。

 

ヴァンデンバー上院議員の指揮の下、議会は大統領を支持し、ギリシャとトルコへの援助が議決された。しかし、西欧諸国もまた、共産主義者による占領の危険に晒されていたことは明らかだった。我々の財政的支援がなければイギリス人は食べることができなかった。そしてフランスとイタリアは共に、彼らの領土内においてスターリンの第五列に脅かされていた。1947年5月、西欧諸国に「融資」について話すことによって、我々は我々自身の他に誰も騙そうとしていないのだとマーシャル将軍は説得された。なぜならそのような「融資」は返済されないことが明らかであった。そして我々が西欧に資金を与えなければ、スターリンは彼の権力を急速に大西洋まで広げることが明らかであった。1947年6月5日、マーシャル将軍はハーバードで演説し、もし彼らが自らを救う努力をするのであればヨーロッパの人々を支援する用意ができていると明らかにした。イギリスの外務次官アーネスト・ベヴィンはマーシャル将軍の提案に飛びつき、次第に計画は拡張され、ついには経済協力局として知られるようになった・・それに基づいて議会は欧州への援助に40億ドルを割当てた。

 

ヨーロッパがあっさりとスターリンの手に落ちないようにするため、そうした援助が必要であった。だがアメリカの資金だけで共産主義による西欧支配を防ぐことは誰も期待していなかった。ヨーロッパの残りの独立国家が民主主義連合として軍事的、経済的、政治的に結束できなければソビエトの襲撃に1つずつ陥落するであろうことは、1941年以降、火を見るより明らかだった。そして西欧の民主主義諸国に、彼らの古い憎しみや敵対関係を忘れて自己防衛のために団結するよう説得するため、アメリカがあらゆる能力を使わなければならないこともまた明らかだった。さらには欧州連合を創設するだけでなく、揺籃期の間それを保護するためにもアメリカの行動が必要だった。

 

去年の春、欧州への数十億の支出は、欧州がスターリンの手中へと急速に崩壊することを防ぐための緊急措置として正当化された。欧州連合への支援を除いて、欧州への数十億の支出は年を追うごとに意味をなさなくなるだろう。しかし我が政府の政治的な叡智があまりにも不足していたので、欧州連合の考えを具体化するために使われるべきであった資金を、その考えを承認することなく我々は与えた。今日はどこが我々を見限るのだろうか?

 

Uneasy armistice
現在の「平和」は、ソビエト政府がその存続を望んでいる限りで続くにすぎない、不安定な停戦である。第一次世界大戦前の10年のように「平和は事件に振り回される」。そして遅かれ早かれ、事件が起きるだろう・・今年か来年か、または5年後。

 

トルーマン大統領であっても、「平和への機会は申し分がない」という彼自身の声明を信じるほど、無知なはずがない。選挙の年だった1940年のようで、そしてトルーマンのなだめて和らげる宣言は1940年のルーズベルトの声明の弟にすぎない・・「私はこれまでも述べてきたように、そしてこれから何度でも繰り返すが、あなた方の子供たちは外国の地での戦争に送り込まれることは決してない」。

 

もしトルーマンが、大統領に選出されたいと望んでいて、ベルリンをもうひとつのミュンヘンに変えようと考えているのであれば、ネヴィル・チェンバレンの運命を思い出すが良い・・彼は帰国して「我らの時代の平和」を確保したと屈服を告知し、そして1年もしないうちに、宣戦布告を求めなければならなかった。今夜、彼は気付くがよい・・ベルリンの我々の地域だけでなく西欧のすべての人々が、共産主義者に敢えて対抗するかどうかを自問しなければならないことを・・なぜならアメリカ国民によってではなく、アメリカ大統領によって、彼は最終的に放棄されるかもしれないからである。さらにまた、ベルリンの状況は、世界中のアメリカ国民の重要な利益が無能な指導者達によって危機に晒されている様子のほんの一例にすぎないことを、彼は認識してみるがよい。そしてもし彼が、スターリンはアジアと欧州を取るべきだがアメリカは独立国家として永くとどまるだろうと想像して自分を慰めようとするほどか弱いのであれば、1億4600万人のアメリカ国民が、世界のその他の地域すべてからの攻撃に抵抗することができると信じることができるのは誇大妄想家だけであると彼は思い出してみるがよい。

 

大統領が今、この危機の時に、アメリカの未来を守ることを望むのであれば、軍事的・経済的・政治的な欧州の結合、そして欧州大陸の諸国だけでなくイギリスとアメリカも署名した西側の防衛協定を実現するようただちに行動するがよい。そして彼は、スターリンによる中国と日本の征服を防ぐために不可欠な軍需品と、戦略・戦術・作戦に関する助言をなす命令を伴った最高の軍事顧問を、中国にただちに派遣するがよい。

 

これらのことが行われなければ、欧州大陸と極東がスターリンの手に落ちるであろう。そしてアメリカ国民は、共産主義に駆り立てられた圧倒的な奴隷集団からの襲撃に直面するであろう。

 

1940年8月のようにもう一度、悲劇的な言葉を使う必要がある。「アメリカは危険に晒されている・・我々が今、断固として行動しなければ、脅威に対処するのに手遅れとなるだろう。アメリカが戦争へと向かうつもりはないということは極めて明白であるが、アメリカに向かって戦争が迫っていることも同様に明らかである」。

 

我々は今日、安全保障のためではなく生存のための闘いに直面している。

 

 

 

トルーマン1947年3月12日の演説の訳は下記サイトからお借りしました。

トルーマン主義|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN