What the World Rejected(その4・完結)

 

Friedrich Stieve 著 What the World Rejected: Hitler's Peace Offers 1933-1939. からの翻訳です。

機械翻訳を利用した個人的な訳ですので誤訳によって生じた損害の責めは負いかねます。おおよその内容を把握するためのものとしてご利用ください。

 

 

けれども、イギリス・フランスが、その望んだ戦いを既に宣言しており、ドイツは史上類のない見事な作戦よって東のポーランドの危険を克服していた時でさえ、それでもアドルフ・ヒトラーは、平和の名において再び異を唱えた。西の敵に対してまったく自由に行動することができたのだけれども、彼はそうした。彼個人に向けられた戦いは、果てしない憎しみの中、ロンドンやパリで聖戦として宣言されたのであるが、彼はそうした。そのとき彼は、1939年10月6日の演説をなす最高の自制心を持っていた。ヨーロッパの和解のための新たな計画を世界世論に示した。その計画は次のとおり。

 

私見では、とりわけ最も重要な課題は、ヨーロッパ安全保障の信念と感覚を創り出すことである。


1.そのためには、欧州諸国それぞれの外交政策の目的を完全に明確にする必要がある。ドイツに関する限り、ドイツ国政府は外交政策の目的を、徹底的かつ余すところなく説明する準備ができている。

 

その際、ヴェルサイユ条約はもはや時代遅れであると見なされているということ、換言すれば、ドイツ国政府と全国民は、第一にドイツ植民地の返還を伴う、ドイツ国に公正に帰すべき十分な植民地所有の要求は別として、更なる条約改訂のための理由や道理をもう見ていないと宣言することからそれは始まる。この植民地の要求は、ドイツの植民地に対する歴史的主張に基づくのみならず、とりわけ、原材料・世界資源の分け前という基本的権利にも基づく。この要求は、最後通牒の形をとるわけではないし、力に裏打ちされた要求でもないけれども、政治的正義と健全な経済原理に基づく要求である。

 

 2.貿易や商業の拡大と相まった国際経済生活の真の再生を求める要求は、国際経済システムの再編成、換言すると、個々の国々における生産の再編成を前提とする。しかしながら、このようにして生産された製品の交換を促進するためには、新たな市場システムを見いだし、通貨の最終的解決に至らなければならないので、制限のない貿易を妨害する障害は次第に取り除かれよう。

 

3.とはいえ、ヨーロッパ内外における経済生活の真の再生のための最も重要な条件は、平和の無条件の保証、および個々の国々の安心感の確立に存する。欧州諸国の最終的な制裁だけでなく、とりわけ軍事力を合理的で経済的に許容できるレベルまで削減することによって、この安全保障がもたらされうるであろう。けれども、この不可欠な安心感に欠かせないものは、いかなる時にもあらゆる国の中心を直接攻撃でき、それゆえ恒久的な不安感を生み出す、一定の最新兵器の合法使用に関する明確な定義と適用である。先の国会演説で、余は、この目標をあわせて提案した。その時、それらは拒絶された・・それらを余が作成したという単純な理由のためであろう。

 

しかしながら、明確で拘束力のある国際協定が、一定の武器の使用が許され禁じられる範囲の包括的な定義を供するまでは、国家安全保障の感覚はヨーロッパには戻らないと、余は信じる。かつてジュネーブ条約は、少なくとも文明国において、負傷者の殺害、囚人の虐待、非戦闘員との戦い、などの禁止に成功したのであり、この法規の世界的遵守の漸進的な達成が可能であったように、一般に、航空戦・毒ガスの使用・潜水艦の使用などを規制するための方法や、女性・子供達・非戦闘員に対する戦闘という恐ろしい性格を戦争が失うように禁制品を定義する方法が、間違いなく発見されるはずである。現代的戦争の、ある方法の増大する恐怖は、自然にそれらの全廃を導くであろうし、したがって、それらは廃れるであろう。

 

ポーランドとの戦争では、軍事的に重要な目標に限定するか、任意の地点で抵抗勢力と戦うためだけに、航空戦を使用するように余は努力した。けれども世界的に効力のある国際規制を策定する際に、赤十字に倣うことが、必ずや可能でなければならない。これが達成されたときに初めて平和が支配しうるのであり、とりわけ人口が密集する我々の大陸においては、疑念や恐怖に汚染されていない平和が、真の経済的繁栄のための、考えられる唯一の条件を与えるであろう。余は、国民のための繁栄を内心に望んでいない、責任ある政治家がヨーロッパにいるとは思わない。とはいえそのような望みは、この大陸で暮らしている全ての国が協働して働くと決意した場合にのみ、実現することができる。この協力の確保を支援することは、自国民の将来のために誠実に奮闘している全ての人々の目標であるにちがいない。

 

この素晴らしい目的を達成するため、この大陸の主要国はいつか、平穏感や安心感を・・要するに、平和を・・諸国に保証する、包括的な原則に基づく法令を、立案し、受け入れ、裏付けるために、団結せねばならない。

 

そのような会議は、最大限に周到な準備をなさねば・・すなわち、問題となっている全ての項目を正確に解明することなくしては、開催しえないであろう。このさき何年もの間の大陸の運命を決定するはずの会議が、動員された軍隊が圧力をかけたり、大砲がうなっている間に審議を続けることも、同様に不可能である。しかしながら、これらの問題は遅かれ早かれ解決されねばならないのだから、何百万人もの人々が最初に無益な死へと追いやられ、数十億ドルの財産が破壊される前に、解決策に取り組むことは間違いなくより賢明なはずだ。

 

西欧で現在の事態が継続することは問題外である。そのうち増え続ける犠牲が必要になる日々がやってくるであろう。きっとフランスがザールブリュッケンを砲撃し、破壊し始める日が来ることであろう。今度はドイツの砲兵がミュールハウゼンを廃墟にするだろう。フランスはカールスルーエを砲撃して報復するだろうし、同様にドイツはストラスブールに砲撃する。そうしてフランスの砲兵はフライブルクに、ドイツはコルマールかセレスタに砲撃するであろう。その後、長距離砲が設置されて、どちらも破壊がより奥へ奥へと進み、長距離砲が届かないどんなものであっても空中から破壊されることになろう。それは、特定の国際ジャーナリストにとっては非常に興味深いものになるだろうし、航空機・兵器・軍需品製造業者らにとっては素晴らしく儲かるものになるだろうが、犠牲者にとってはぞっとするようなものになる。さらには、この破壊の戦いは陸地に限定されないであろう。それは海を超えて遠くまで届くであろう。今日においては、もはや島ではない。

 

ヨーロッパの国富は砲弾という形で散り散りになるだろうし、あらゆる国の活力は戦場で奪われるであろう。しかしながら、ある日、ドイツとフランスの間にもういちど国境ができるけれども、繁栄した街の代わりに廃墟と果てしない墓地があることであろう。」

 

この計画の運命は、ヨーロッパの真の再生のために、アドルフ・ヒトラーによって、道理の名において以前なされたあらゆる訴えと同じであった。彼の敵は、彼を気に留めなかった。今回も彼らの反応はなかった。彼らは最初に採用した態度に固く執着した。

 

この一連の歴史的事実を前にして、なぜ彼らがそうしたのかという疑問について更なる詳細は必要だろうか?彼らはヴェルサイユを創った、そしてヴェルサイユが崩壊する危機に瀕したとき、更にひどいヴェルサイユを創るために戦争を望んだ。今日、彼らがアドルフ・ヒトラーとドイツになす非難は、どれもこれも、そうする者達に跳ね返って、彼らの行為を特徴づける。彼らは平和の妨害者であり、他者への強制的な抑圧を企ててヨーロッパを荒廃と惨事に陥れようとする者である。もしそうでなければ、彼らは、とうの昔に差し出された手を取っていたか、少なくとも新秩序に協力したいとの率直な思いの姿勢を示すことで、その国民に過剰な「血と汗と涙」を免れさせたであろう。


世界史は世界の裁判所である。そしてこの事例については、いつものように、結論に達した時には、世界史は公正な評決を宣言するであろう。