アメリカとソ連の友情

 

機械翻訳を利用した個人的な訳ですので誤訳によって生じた損害の責めは負いかねます。おおよその内容を把握するためのものとしてご利用ください。ブログ主には訳しにくい表現が複数含まれておりましたので、より一層のご注意をお願いします。

 

American-Soviet Friendship: BASE JUDGMENTS ON FACTS NOT RUMORS

または

The Department of State bulletin. v.13 p.787-

 

 

 

アメリカとソ連の友情。噂でなく事実に基づいた判断
合衆国国務次官 ディーン・アチソン
1945年11月14日ニューヨーク市アメリカ・ソビエト友好評議会主催の集会で述べた

 

 

個人間と同様、国家間の友情・真の友情、は自然に発展するものである。友情を促進することは容易でない。決して強制されえない。政府は国際関係を方向づけうるけれども、長い目で見れば方針を決定するのは国民である。


「友情」という言葉があまりにも惜しげなく緩やかに国際関係に用いられてきたので、その言葉が持つ意味の多くが失われた。この重要な日に、私は、その言葉にふさわしい注意と敬意でもって、その言葉を使うように努める。


米ソ両国民の、親密で友好的な関係を促進する要因は何だろうか?両者間の申し分のない友情を妨げる障害は何だろうか?我々には友人になるべき圧倒的な理由があると語ることは、我々が友達だと語ることではない。この小さく混雑した惑星の上で、善かれ悪しかれ我々を結びつける絆を説明することは、我々が幸せに結びつけられていると証明することではない。


さて、私は今夜、友情の構造についての哲学的な議論を始めるつもりはない。しかし、友人の間には普通、一定の条件が存在するので、それが存在しないところでは、あなたはほぼ間違いなく完全な友情に満たない何かを感じる。


これらの条件の一つは緊張の欠如と表現されるかもしれない。友人達は、議論し、意見を異にし、口論さえするかもしれないが、彼らの違いにもかかわらずお互いにリラックスしている。


彼らは意見の相違を友情の交換の正常な一部分として受け入れる。別の言い方をすれば、友人達は、お互いをいつまでも離れ離れのままにはしない・・お互いが、相手の性格の相反に悩んだり憤慨するまでは。彼らは友情の条件を受け入れており、友情の苗木がどのくらい成長しているかを確認しようと、毎日、友情の根を掘り起こそうと駆り立てられることはない。

(中略)

 

私がこう述べるとき、第一次世界大戦の重大な瞬間に、ロシアを同盟国のメンバーから除外した1917年と1918年の途方もない出来事や、お互いの存在を外交的に認めることを差し控え、友情の繁栄に必要不可欠な通常の交流を見合わせた、両国民間の16年間の通信途絶を、少しも忘れたり過小評価してはいない。


だがしかし、我々の関係の空白から両国民がどれほど大きな損失をこうむったとしても、取り返しのつかない損失と考える必要はない。既にその実質的な部分は、第二次世界大戦における協力、モスクワ会議、テヘラン会議、クリミア会議、サンフランシスコ会議での平和的協力の開始、国連組織への共同加入によって相殺されている。

 

繰り返すと、共通の関心と共同行動の長い記録は、全体として良いものだ。
それを偶然のせいにできるだろうか?それを全知全能の政府か、完璧な外交のせいにできるだろうか?私はそうは思わない。今は政府や外交官のことを忘れて、歴史や地勢に関する不変の事実をもっと眺めてみよう。


例えば、過去において、米国民とロシア国民の、死活的利害が衝突した場所は地球上に一度も存在しなかったという事実がある。対立した場所すら存在しない。さらには、現在も将来においても、そういう場所があるはずだと考える客観的根拠はない。


これには明白な理由がある。我々はどちらも十分な生活空間を持つ大陸の国民であり、我々の生活空間を開発し楽しむことに関心がある。我々の熱望は、我が自国民の間でできるだけ高い生活水準を達成することであって、我々は、平和的発展や貿易を通じて、征服することなく高い生活水準を達成する手段を有する。

 

そのうえ、我々は、平和の条件を作り、戦争を予防することができる程度の機会しか持たない。かくて、両国の唯一考えられる望み、最大の利益は、平和の共同事業に置かれている。

 

それではこの共同事業の行く手に横たわる困難は何だろうか?その問題は合理的に考察できると思う。私はまた、それを解決できると信じる。


この問題の核心には2つの主要な側面がある。まず安全保障の問題。次に合意の問題。
両国ともほしいままに攻撃されてきた。両国ともひどい目にあったが、異なって。将来において侵略はそのような機会を持つことなかるべしと、両国は決意している。


ソ連への攻撃は、その西側の国境をまさしく越えて到来した。ソ連の東側国境をまさしく越えたところから重大な攻撃の危険があった。米国がドイツ国防軍に侵攻され、ニューイングランドや中部大西洋岸に匹敵する地域がほぼ完全に破壊されたと想像すれば、この攻撃・四半世紀で二度目の攻撃の結果から、我々はいくつかの発想を得ることができる。この地域が、ニューヨーク、ボストン、ピッツバーグの工業中心地だけでなく、中西部の穀倉地帯の大部分、人口の3分の1を含むと想像すれば、ソ連の人々にとっての侵略の意味を知ることができる。それを防ぐために彼らが決意した措置も我々は理解できる。


我々は、ソ連の安全保障と世界平和のため、ソ連の国境沿いに友好的な政府を持つことは不可欠であると理解し同意する。バーンズ国務長官は10月31日の演説でこのことを疑う余地なく明確にした。

 

けれども安全保障の利益は、国家や人々の別の利益、例えば、他の人々が自分の生活の一般的環境を選択することや、あらゆる人々が人間の中で安心できるといった利益を、考慮し尊重しなければならないことも、同様に明白と思われる。我々は、この利益の調整は、説得や断固たる態度が強制になるポイントの手前、夜にドアをノックすることが男性や女性を恐怖に陥れるところよりも手前で行われるべきだと信じる。


調整の余地が広く、極端な手段の必要性が存しないこの分野では、その問題は友好的解決が全く可能であると思われる。


我々にも安全保障の問題がある。我々への攻撃は、身近なところからではなく、侵略者は数千マイル離れたところから、2回、到来した [訳注:真珠湾での二波の攻撃のことか?]。明らかに戦争を望んでおらず、準備もできていない国に対して攻撃が行われたし、あらゆる良識や正義の感覚を侮辱した行為を無気力に黙認することを拒否しただけの理由でその攻撃が行われた。これにより、我々は、我々から危険を遠ざけ、侵略者が再び攻撃力を発展する前に彼を阻止できる、基地や手段を通じた安全保障を模索することになった。


我々の友人はこれに反対しないけれども、我々もまた、安全保障における利益を、安全保障における一般的利益と、それを保証するために合意されてきた原則と組織とに適合させなければならないことを、我々に指摘する。


ソ連にしても我々にしても、極端な手段や一方的行動によって安全保障を求める必要は存しない。モロトフ氏は正しく述べた。


「我々は困難な数年を暮らしてきた、そして今、我々一人一人が言うことができる。
『我々は勝った。これから先、西からのドイツの侵略の脅威と、東からの日本の侵略の脅威から、我が祖国を解放したとみなしうる』。 長い間待ち望まれた全世界の人々のための平和がやってきた」

 

両国の安全保障に対する脅威が取り除かれたので、両国の安全保障の必要から離れて、生じているあらゆる問題を解決する時間と領域とが存するように思われる。解決への道は、我々が創立に参与した国連を通じて、我々の他国との関係において憲章で合意した原則を遵守することにある。


その一つは、国民の平等な権利と自決の原則に基づいて、国家間の友好関係を発展させることである。もう一つは、平和への脅威の予防と除去のための集団的措置をとることである。

これらは自制と節度と忍耐の原則であり、国家や個人の完全性と尊厳の尊重である。それらは最良で確実な友情の基盤を提供する。

 

次に我々の友情の問題の二番目の側面がある・・二番目に重要な友情の構成要素。私は米ソ間の理解と交信の必要性に言及する。

 

永続する友情は、政府間のみならず国民間の理解と信頼に基づかねばならない。しかし、我々は差し迫った現実的な問題に直面している。

我々はどうやってお互いを知るのだろうか?ここには強い信念と異なる背景を持つ二つの国民がいる。それぞれその生き方に傾倒している。どちらも相手を変えたいとは少しも思っていない。しかし、どちらも相手を知り、理解したいという強い欲求を持っている。


私は、報道やラジオ、書籍や雑誌、知識や文化の交換、旅行や個人的な知り合いを通じた、連絡線を自由にする両者の粘り強い努力に依らねば、国民をより緊密な理解に導き入れる方法が見当たらないと認める。

 

我々やソ連の国民がお互いに必要とするもの、我々が求める権利があるものは、ペッパー議員との会談の中でスターリン元帥によって要約された。

 

ソ連を客観的に判断せよ」とスターリン元帥は語った。「我々を称賛することも叱ることもせず。噂ではなく事実に基づいて、我々をただ知って我々をありのままに判断せよ」


さらに難しいことに、我々には学ぶべきこと、お互いについて理解することがたくさんあるので、我々は、正直さ、率直さ、知識というゆったりした雰囲気の中でしか成功を望めない。我々が心や感情の安定を保ち、一方で楽観主義の落とし穴、他方で絶望の落とし穴を避けることができるのは、その雰囲気の中だけである。どちらも同じ程度に危険であり正当化できない。