Another View of Japan

歴史問題の反論に使える・・かもしれない、資料を集めるブログです。

戦勝国の歴史認識だけが「正しい」のか?

 

この記事は2ちゃんねるに投稿された翻訳文の転載です。

戦勝国の歴史認識だけが「正しい」のか? 戦争に敗れても矜持を失わない日本に拍手を

(原文)ロシア・トゥディ

Japanese war crimes: I’m sorry? — RT Op-Edge

 

 

JAPANESE WAR CRIMES: I'M SORRY?
   -- Adrian Salbuchi (政治評論家・コメンテーター / アルゼンチン)

 

日本の安倍首相の靖国神社参拝に、中国と韓国が激怒している。靖国神社は250万人の戦没者を祀る東京の神社だ。多くの人が怒っているのは、この19世紀創建の神社に祀られている人々の中に、米国の占領軍によって「戦争犯罪人」という烙印を押された第二次大戦時のヒーローらが含まれているためだ。その中には、米国によって1948年に処刑された戦時指導者東條英機大将など、「戦争計画」に関わったとされる14人の「A級戦犯」も含まれている。

 

戦勝国敗戦国に対して当然に獲得する権利は、領土要求に関するものだけではない。敗戦国の都市や土地、国民、資源、工場、特許権、軍事装備、そして国際法上の諸権利に対しても、完全かつ欲しいままに支配する権利を、戦勝国は獲得する …… 悲しむべきことだがこれが現実だ。

 

そして戦勝国は、戦争の端緒となった対立に関する歴史記述を書く(あるいは書き直す)「権利」をも獲得する。自国の見解・論理を「真実」とする権利を獲得し、敗戦国を「間違った国・邪悪な国・戦犯国・侵略国」だと非難するのである。「俺たちは善人、相手は悪者だ。」「私たちの息子らは英雄。向こうは殺されて当然の悪魔だ、2歳の幼児までも。」という考えは人類の歴史を同じほど古い。第二次大戦後の70年間のプロパガンダが明瞭に示しているとおり、20世紀と21世紀も例外ではない。

 

だが日本は今なお屈しようとしない。これは賞賛すべきことだ。平身低頭して世界に再三再四赦しを請うているドイツの姿とは対照的だ。だがドイツ自身も良く了解しているとおり、たとえ何度謝罪しようと、世界のメディア・出版・教育を支配する人々は決してドイツに赦しを与えることはあるまい。

 

歴史認識についてハラキリしたドイツとは違って日本は顔を伏せず、敢然として軍事的敗北の結果に耐え続けている。倫理面で屈服してはいないのだ。

 

なるほど確かに、連合国による極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」の結果、日本の多くの軍事・政治指導者らが「A級戦犯」だとされた。だが安倍首相は、2006年にJapanTimesで報じられたとおり、「靖国神社に祀られた14人のA級戦犯は国内法上の犯罪者ではなく、東京裁判の結果を日本が受け入れたのは独立を回復するためのものだった。<中略>A級戦犯の起訴理由となった『平和と人道に対する罪』は連合国によって戦後に作られた概念で、法律に定められたものではない」と考えている。

 

日本よ、良くぞ言ってくれた。もし我々が、戦勝国敗戦国を問わず全ての国の戦争犯罪を真摯に罰しようとするなら、とんでもない規模の国際軍事裁判所が必要だろう。そしてその裁判所は、ダブルスタンダードと検閲から自由でなければならない。そう、ダブルスタンダートから、だ。<後略。ドレスデン空襲や原爆投下で連合国が多数の民間人を殺傷しているが戦争犯罪とはされていない点など。>

 

 

 

国共内戦

 

Military situation in the Far East  のPart 4, 3594~3595頁から、機械翻訳を利用して翻訳しました。誤訳の責めは負いかねます。

 

 

6.中華民国が合衆国から効果的な軍事援助を受けていれば、彼らは共産主義者を倒したかもしれない

 

1948年初頭、共産主義者の支配から中国が自由であり続けるべきであるなら、すぐに行動する必要があると感じた3人の高官が中国にいた。3人の高官。レイトン・スチュアート大使。ロジャー・ラップハム、ECAミッション主任。オスカー・バッジャー中将。共産主義者の進行を足止めし国民党軍に主導権を握らせるために、何ができるのかを自ら調査するため、彼らは北支へと旅をした。彼らは傅作義将軍の軍隊の体裁、行動、精神、そして傅将軍の軍事の才能に感銘を受けた。

 

この訪問の時、傅将軍は合衆国の高官に語った。「武装した軍で共産主義者を地域から追い払う、それ以上のことはできない。様々な方向からの共産主義者の攻撃に対処するため、常に防衛的な方針のもとに定期的に軍を雇用している。」ところが将軍は続けて語った。「もし訓練された4つの補充部隊のために装備を入手できれば、北東部に攻勢をかけて秦皇島―葫蘆島の回廊を平定できるだろうし、最終的に奉天を解放できるだろう。」「奉天を解放する時に、補給が切断され米国製の軍需品が大いに不足している、中国で最良の部隊(多くは米国式の訓練を受けて装備していた)約30万人の補給路を再び開くことができる。」と彼は説明した。


傅作義将軍とのこの会合の直後、必要な軍需品を具体的に記載した推薦状がJCSに送付され、それは総額1,600万ドルと推計された。それは1948年7月に承認されたが、裁定を実現するための具体的な措置はとられなかった。1948年11月、バッジャー提督は、推薦した装備の約10%を積んだ船が天津に入港しようとしているとの知らせを受けた。「うーん、極めて不十分だ。完全な仕事でないとは酷すぎるが、おそらく士気を上げる効果はあるだろう。」と彼は言った。


積み荷がおろされたのち。 バッジャー提督は傅将軍から武器の欠損の報告を受けた。
延べ480の機関銃の、予備部品、三脚台、その他が欠けていた。トンプソン・サブマシンガンは弾倉か挿弾子がなく、銃弾を装填するための装填機もなく、2,280の軽機関銃に対して、銃架があるものは1,000だけで、わずか1,000の挿弾子しかなかった。この嘆かわしい状況についての傅将軍の批評は、バッジャー提督によれば次のとおり。「前述した武器は良好な状態ではなく、大部分は使用できない。私はこれらの武器が、なぜ不完全な状態で送られてきたのかわからない。」長らく期待されていた武器の積み荷がそのような使用不能な状態で到着した結果、傅将軍の攻撃計画は崩壊した。部隊は完全に士気をくじかれ、バッジャー提督の判断ではこの行為は「我慢の限界を超える出来事」であった。

中国軍が戦うことを拒否したから中華民国が陥落したという神話は、宣誓証言によってまたもや論破された。

 

 

Military situation in the Far East. 3590頁から3601頁にかけての翻訳

注:リンク先の訳文はほとんど推敲しないまま書き込みしたものです。このブログに書いている翻訳よりも更に大きい割合で誤訳が含まれていますので、ご注意ください。

 

 

広告を非表示にする

支那の検閲

 

ハレット・アベンド(ニューヨーク・タイムズ

Chinese censors struck the foregoing facts and opinions from cables and radio messages filed and even changed news cables to make it appear that doubt existed in the minds of foreign officials here that possibly the bombs came from Japanese planes, but this is distinctly not true.

Japan In China Her Motives And Aims : Internet Archive 173ページ

 

(オンラインにあった翻訳をお借りしました。なおオリジナルの記事は The New York Times, Aug 27, 1937 "CHINA HELD GUILTY IN SHANGHAI BLAST" です。)

 

中国の検閲官は発信された外電やラジオ通信から前述の事実や意見を削除した。そして場合によっては外電のニュースそのものを変えてしまいさえもした。その目的は、現地の外国人達があたかも心の中で、この爆弾はおそらく日本軍の飛行機から投下されたものかもしれない、と疑っているかのように見せかけるためだったのである。だがしかしこれは明らかに真実ではない。

 

 

 ロシュリン・クリー。1941年3月15日付の報告

The censorship is so drastic that people have lost a good deal of faith in the press and the wildest kind of rumors readily gain credence. For example, there was a rumor circulating when I was there that I was strongly urging on the Generalissimo a policy of appeasing Japan. The Communist paper in Chungking ran an editorial welcoming me, drawing certain things to my attention. I thought it was fairly innocuous but nevertheless it was severely censored. This censorship took the form not only of crossing out words and passages but of actually, in one instance, changing a word so that a sentence which originally ran "China needs a sound financial system" appeared in print as "China has a sound financial system." I was informed on good authority that there had been two to three hundred arrests of progressive elements in recent months but that all arrests had been suspended during my visit.

Foreign relations of the United States...1941 v.4. | HathiTrust Digital Library 82ページ

 

(拙訳)

検閲が非常に激しいので、人々の報道に対する信用は大きく損なわれている。そして途方もない噂が容易に信用される。例えば、私が滞在していたとき、私が日本に融和的な政策を総統(注:蒋介石)に強く求めているという噂が流れた。重慶共産党新聞は私を歓迎する論説を掲載し、とあることが私の注目を引いた。まったく無害であったと私は思ったが、それにしてもひどく検閲された。この検閲は、語句や節を削除するのみならず、実際には、一例として、「中国には健全な財政システムが必要だ」と書いてある文章が、「中国は健全な財政システムを持っている」と印刷されるように言葉を変えた。ここ数か月の間に進歩主義の構成員が2~300人逮捕されたが、私の訪問中は全ての逮捕が停止されていたと、確かな筋から聞いた。

 

 

広告を非表示にする

ロバーツ報告書

 

1942年1月に公開された、真珠湾攻撃についての最初の調査報告だそうです。

機械翻訳を利用した個人的な翻訳です。誤訳の責めは負いかねます。

Roberts Commission

 

 

REPORT OF THE COMMISSION APPOINTED BY THE PRESIDENT OF THE UNITED STATES TO INVESTIGATE AND REPORT THE FACTS RELATING TO THE ATTACK MADE BY JAPANESE ARMED FORCES UPON PEARL HARBOR IN THE TERRITORY OF HAWAII ON DECEMBER 7, 1941

ハワイの真珠湾に対し日本軍によってなされた1941年12月7日の攻撃に関連した事実を調査し報告するため、合衆国大統領によって任命された委員会の報告

 

 

It has been well known that the policy of the United States as to affairs in the Pacific was in conflict with the policies of other governments. It was realized by the State, War, and Navy Departments of the United States that unless these policies were reconciled war in the Pacific was inevitable.

合衆国の太平洋政策が他国の政府の政策と対立していることはよく知られている。 これらの政策が和解されなければ太平洋での戦争が避けられないということを、合衆国の陸・海軍省は理解していた。

 

 

If war eventuates with Japan, it is believed easily possible that hostilities would be initiated by a surprise attack upon the fleet or the naval base at Pearl Harbor.

(注:1941年1月24日付、ノックス海軍長官からスティムソン陸軍長官への書簡)

日本との戦争が起こったならば、真珠湾の艦隊や海軍基地に対する奇襲攻撃によって戦闘が開始されることは、確かにありうると思われる。

 

 

The Chicago Sun, Nov. 30, 1941

f:id:kuidaore2017:20171102220647j:plain

Coverage of U.S.-Japanese Tensions, Nov. 30, 1941 - NewseumED

 

 

広告を非表示にする

ブログの紹介

 

私達の過去と未来 さん

日本はなぜ侵略史観・自虐史観を押し付けられたのか、というタイトルの記事で「米兵円卓会議:勝利の後、日本をどうすべきか」というパンフレットを紹介してくださっています。パンフレットの日本語訳(PDF)もあります。

私たちの過去と未来: 日本はなぜ侵略史観・自虐史観を押し付けられたのか

 

 

実験記録 No.02 さん

ジョージ・オーウェルが書いた評論を日本語訳してくださっています。WW2に関係する評論もあり興味深いところです。個人的に「ファシズムとは何か」がお勧めです。

実験記録 No.02 : 【日本語訳】ジョージ・オーウェル評論集

 

 

樹懶庵(じゅらいあん) さん

欧米から見た日本・朝鮮・中国、それぞれの文献を紹介してくださっています。また、韓国・中国・台湾の歴史教科書の紹介もあります。 

樹懶庵

 

 

Tomatopiaの日記帳 さん

Freedom Betrayed(裏切られた自由)の要旨を公開してくださっています。

フーバー元米大統領回想録の要旨

 

 

広告を非表示にする

ジョージ・オーウェル

 

1944年2月4日、トリビューンに掲載された文だそうです。

機械翻訳を利用した個人的な翻訳です。誤訳の責めは負いかねます。

4 February 1944 - As I Please - George Orwell, Book, etext

 

 

ウォルター・ローリー卿がロンドンの塔に投獄されたとき、彼は世界の歴史を書くことに専念した。彼の独房の窓の下で労働者達の争いがあったとき、彼は第一巻を書き終えて第二巻に取り掛かっていた。ひとりの男が殺された。懸命な照会にもかかわらず、そして彼が出来事を目撃したという事実にもかかわらず、ウォルター卿は争いがどうなったのかを知ることができなかった。そしてすぐに、彼は自分が書いたことを焼き捨て、プロジェクトを放棄した・・と言われている。もし物語が事実でなくても、きっとそうしたはずだ。

 

過去10年の間、この物語が何回、私の頭に浮かんだのかわからないが、いつも、ローリーは間違っていただろうと感じる。その日の調査の全ての難点と、刑務所での調査の特別な困難さを斟酌すれば、彼は、おそらく実際の出来事とそれなりに似通った、世界史を生み出すことができただろう。かなり最近の日付まで、歴史書に記録された主要な出来事が起こったことだろう。ヘイスティングズの戦いが1066年に争われたこと、コロンブスがアメリカを発見したこと、ヘンリー8世が6度結婚したことなどは、おそらく真実だろう。あなたがそれを気に入らなくても、事実が真実であろうと認められている限り、信頼できる程度の真実性は受け入れられた。つい最近、今回の大戦においてさえ、たとえば、ブリタニカ百科事典は、ドイツの資料を部分的に用いて、さまざまな戦役の記事を編集することができた。いくつかの事実、例えば死傷者の数は、中立的と看做され、事実上すべての人々に受け入れられている。そのようなことは、もはや不可能であろう。現在の戦争についてのナチスと非ナチスの説明は、お互いに類似点を持たないだろうし、最終的に歴史書に入るものは、証拠のある方法ではなく戦場で決まるだろう。

 

スペイン内戦の間、この戦争の真実の歴史は決して書かれることはないと・・または、書かれるはずがないと、私は強く感じた。正確な数字、起こっていたことの客観的な報告は、単に存在しなかった。スペイン政府がまだ存在していた1937年に、様々な共和国派がお互いに嘘を話していて、敵の嘘は比較的小さなものだったと私が感じていたとすれば、この事例は現在どのようになっているだろうか?もしフランコが倒閣された場合においては、将来の歴史家はどのような記録に拠らなければならないのだろうか?そして、もしフランコや彼に似た誰かが政権を握ったままであれば、戦争の歴史は、現在生きている何百万もの人々が嘘であると知っている、まったく膨大な「事実」から構成されるだろう。例えば、これらの「事実」の1つは、スペインにかなりのロシア軍がいたということだ。そのような軍隊がいなかったという豊富な証拠が存在する。だが、フランコが権力を保持し、一般的にファシズムが残存するなら、ロシア軍は歴史書に入り、将来の学校の子供たちはそれを信じるだろう。このとおり、実用的な目的のために、嘘は真実になるだろう。

 

この種のことは常に起こっている。利用可能でなければならない何百万もの実例の中から、私は検証できる出来事を選択するだろう。ドイツ国防軍空軍がロシアで忙しかった1941~1942年の間、ドイツのラジオは、ロンドンへの圧倒的な空襲の物語を家庭の視聴者に聞かせて楽しませた。今、我々は、その空襲は起こらなかったと知っている。だが、もしドイツがイギリスを征服したとすれば、我々の知識は使い道があるのだろうか?将来の歴史家の目的のために、それらの空襲は起こったのだろうか、それとも起こらなかったのだろうか?答えは・・ヒトラーが生き残った場合、それらは起こった。ヒトラーが倒れた場合、それらは起こらなかった。このように、過去10年か20年の、数えきれない他の出来事と一緒に。シオン賢者の議定書は真正な文書だろうか?トロツキーナチスと共謀したのか?バトル・オブ・ブリテンでドイツの航空機は何機撃墜されたのか? ヨーロッパは新秩序を歓迎するのか?あなたは決して、真実であるという理由で普遍的に受け入れられた、一つの答えを得ることはない。いずれの場合にも全く相容れない答えが多数あるが、一つの答えは物理的な闘争の結果として、最終的に採用される。歴史は勝者によって書かれている。

 

結局、我々が勝利を要求するただひとつの資格は、我々が戦争に勝てば、我々はそれについて敵よりも少ない嘘しかつかないだろうということだ。全体主義の真に恐ろしい点は、残虐行為を犯すことではなく、客観的真実の概念を攻撃することだ。全体主義は過去のみならず将来のコントロールをも要求する。戦争が助長するすべての嘘や独善にもかかわらず、私は正直なところ、イギリスであの精神の傾向が増していると言えるとは思わない。あれこれ考えてみると、報道が戦争前よりもわずかに自由になっていると、私は言わねばならない。10年前に出版できなかったものが今では出版できるという、私自身の経験から知っている。戦争に反対する者は、おそらく、この戦争では第一次大戦ほど虐げられなかったし、不人気な意見を公に表明することは確かに安全だ。したがって、真実を自分自身の外部にあると考え、発見されるものと考える、偏見にとらわれない精神の傾向・・その時その時でいい加減に判断することではなくて・・が、生き残るであろう希望がある。だが、私は将来の歴史家の仕事を羨ましいとは思わない。現在の戦争の死傷者の推定ですら数百万以内に収まらないという、現代の記録は奇妙でなかろうか?

 

 

 

ジャワ・ニュース No.5

www.youtube.com

 

0:30~

英米蘭、多年の桎梏より永久に解放し、もって、この本然の姿に立ち返えらしむるは、是、帝国不動の国是にし、随時にわたり中外に宣明せるところなるが、さる16日、東京における第82回臨時議会において、東条総理大臣は、右国是に基づく、大東亜諸地域に対する帝国処理方針を宣明せられたり。